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生まれてから
 
■新たなる飛躍の地「五浦」

 明治36年(1903)茨城県北茨城出身の日本画家飛田周山の案内により五浦を訪れた天心は、太平洋に臨む人里離れた景勝地を気に入り、土地と家屋を買い求めました。同38年六角堂と邸宅を新築、拡張するなど、以後五浦を本拠地とします。
 一方、日本美術院は、天心や横山大観など主要作家の海外旅行による長期不在が重なるなどにより経営難に陥り、その活動も衰退したため、同39年(1906)、天心は日本美術院の再建を図りました。それまでの美術院を改組し、その第一部(絵画)を五浦に移転しました。天心はここを「東洋のバルビゾン」と称して新しい日本画の創造をめざし、横山大観下村観山菱田春草木村武山を呼び寄せました。
 生活上の苦境に耐えながらも大観ら五浦の作家達は、それまで不評を買った「朦朧体」に改良を加え、同40年(1907)に発足した文部省主催の展覧会(文展)に、近代日本画史に残る名作を発表していきました。


仲秋観月の園遊会にて(五浦の天心邸で)
前列右端が天心、その後ろ右端より大観、観山、
春草、 一雄(天心の長男)、武山 (明治40年9月)

 

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