新着情報/カレンダー
当館紹介
アクセス
展覧会
美術普及活動
周辺ガイド
利用案内
アンケート
サイトマップ
リンク
HOME
E-MAIL

English

 
生まれてから
 

■生い立ちと修業時代

 岡倉天心、本名岡倉覚三(かくぞう)は江戸幕末の文久2年(1863)、元越前福井藩士で生糸の輸出を生業とする石川屋、岡倉勘右衛門(かんえもん)の次男として横浜に生まれました。文明開化という時代、海外に開かれた開港地横浜で、天心はジェイムズ・バラの塾等で英語を学ぶなど、後年の国際的な活躍の素地が磨かれていきました。
 明治8年(1875)、東京開成学校に入学し、同10年(1877)には同校が東京大学と改称されるに伴い文学部に籍を移し、お雇い外国人教師アーネスト・フェノロサ(1853−1908)に政治学、理財学(経済学)を学びます。
 天心は、日本美術に傾倒したフェノロサの通訳として、行動を共にするようになり古美術への関心を深めます。



文久3年頃の横浜風景(部分)
(『イラストレーテッド・ロンドン・ニューズ』より)

 

Copyright (C) 2001 TENSHIN MEMORIAL MUSEUM OF ART, IBARAKI All Rights Reserved