岡倉天心記念室テーマ展示

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横山大観と小野金次

横山大観と小野金次

明治41年(1908)9月、自邸の全焼により、横山大観はおよそ1年と10ヶ月に及んだ五浦での生活を終えました。その後、東京に戻った大観ですが、翌年には五浦の邸宅を再建し、たびたび来訪するなど大観にとって五浦は生涯重要な場所でした。
 そんな大観の五浦での生活を支えた人物に小野金次(1878-1959)がいます。大津町の町会議員を務めるなど町の有力者であった小野は、大観夫妻や天心の関係者と交流をもちました。大正5年(1916)にインドの詩人・タゴールが五浦を訪れた際に天心邸で撮影された写真には、岡倉基子夫人や長男・一雄らと並んで、小野の姿が見えます。また、東京の横山家から小野に送られた書簡も複数残されており、大正期に大観が五浦で土地購入を検討する際にその諸手続きを代行したり、戦時中、横山家に物資を送り届けたりするなど、小野は大観と五浦を繋げる存在でした。
 今回のテーマ展示では、 大正13年(1924)に大観が小野に宛てた貴重な書簡を紹介します。また「不二霊峰」は大観から小野に贈られた作品で、大観の信頼の厚さがうかがえます。

大正5年のタゴール(画面左、白ひげの人物)五浦来訪時。右から2番目が小野金次、前列左から2番目が岡倉基子、後列左から4番目が一雄。

大正5年のタゴール(画面左、白ひげの人物)五浦来訪時。右から2番目が小野金次、前列左から2番目が岡倉基子、後列左から4番目が一雄。

展示資料
横山大観「不二霊峰」 昭和12~14年(1937~1939)
横山大観「不二霊峰」
横山大観「書簡・小野金次宛」大正13年(1924)9月10日
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小野と大観の交流がうかがえる貴重な書簡である。佐藤久という人物から送られた同封の書簡から、大観は五浦の日本美術院跡地周辺の土地購入を進めていたことが分かる。東京から五浦には急に来られないため、信頼を置く小野に購入手続を進めてもらうよう依頼している。また、日本美術院の同人と五浦を来訪する旨が書かれている。

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