岡倉天心記念室テーマ展示

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天心の弟 岡倉由三郎Ⅱ 海外での日本文化紹介

天心の弟 岡倉由三郎Ⅱ 海外での日本文化紹介

 天心の実弟である英語学者岡倉由三郎は、東京高等師範学校、立教大学で教授を務めるほか、英和辞典の編纂、ラジオ英語講座を担当するなど、近代日本の英語教育とその普及に大きな業績を残しました。一方で由三郎は、日露戦争後の欧米の日本に対する関心が高まる中、海外で日本文化を紹介する講演も行っております。明治38年(1905)にロンドンで、明治43年(1910)にはボストンで日本に関する講演会が開催され由三郎の講演は好評を得ました。その講演の内容は、それぞれ英文著書『The Japanese Spirit(やまと心)』、『The Life and Thought of Japan(日本の生活と思想)』として海外で刊行されています。このように由三郎は優れた英語学者であるのみならず、日本の宗教・歴史・文化にも造詣が深い和魂洋才の資質をもった知識人であり、欧米人に対して日本文化を紹介することのできた当時としては数少ない日本人の一人であったともいえます。
 今回のテーマ展示では、明治43年のボストンでの講演会に関する諸資料を紹介します。中でも、天心の元でボストン美術館に勤務していたラングドン・ウォーナーから五浦の天心に宛てた書簡は、由三郎の講演の仲介を依頼するもので、この講演の実現はボストン美術館を中心とした天心の人脈によってもたらされたことを示しています。

岡倉由三郎(1868-1936)
略歴

(画像クリックで拡大)

岡倉由三郎

ロンドン大学で講演を行った際の岡倉由三郎
(明治38年撮影)

展示資料
「ラングドン・ウォーナー書簡 岡倉天心宛」明治42年(1909)4月27日

ラングドン・ウォーナー(Langdon Warner,1881-1955)は、明治39年(1906)に来日、天心に師事して東洋美術を学んだ後、42年よりボストン美術館に勤務している。天心への敬愛の念を込めて「Dear Sensei」から始まるこの書簡は、冒頭に天心の弟由三郎にボストンでの冬期講演会講師を引き受けてもらえるよう、天心に説得を依頼する旨が述べられている。文面からは日本文化に関して高い学識を有する由三郎を是非ともボストンに招聘したいというウォーナーの熱い思いが伝わってくる。この講演会は、ボストン美術館の運営にも関わっていたローウェル・インスティテュート(教育財団)が主催したもので、「当美術館としましては」とあるようにボストン美術館が講師の交渉に関わっていたことが分かる。なお、ボストン以外での講演の計画にも触れられているが、実際には実現していない。

 

岡倉由三郎「“Japan, Past and Present”『日本、その過去と現在』タイプ稿」明治43年(1910)

明治42年(1909)12月に日本を発った由三郎は、翌43年1月20日にボストン入りし、この講演会の原稿を書き上げた。その後、同月25日から2月18日までの間に週に2回、計8日間の日程で日本に関する講演を現地で行っている。会場には多くの聴衆が訪れ、盛況であったといわれる。その内容は「桜」に象徴される汚れのない日本人の国民性や「仏教」「家制度」といった古来の宗教・生活習慣にみられる古き良き日本の伝統と文化を紹介するものであり、近代化を果たした日本は西洋からの影響を受けつつも、思想や慣習は以前の日本人のままであるというものであった。そこには、日本人は「好戦的ではない」ということを強調することにより、日清・日露戦争以降、帝国主義国家として勢力を拡大しつつある当時の日本に対して、欧米諸国の持つイメージの悪化を抑えようという思惑があった。

 

岡倉由三郎「“The Life and Thought of Japan”『日本の生活と思想』」大正2年(1913)10月 デント社(ロンドン、トロント)

本書は、由三郎が明治43年(1910)にボストンで行った講演会の3年後に出版した英文著作である。8回にわたって行われた講演の原稿をほぼ収録し、全7章(7回目と8回目の講演内容は一章にまとめた)によって構成され、これに序文が加わっている。本文については、第1回目の講演原稿の冒頭が部分的に削られている以外は、ほぼ同じ文章になっている。また、桜や仏壇等の写真を挿図として掲載し、日本人に関する視覚的イメージを加えている。
本書はイギリス、アメリカ、カナダで出版され、日本及び日本人を紹介する書籍として多数の新聞、雑誌等に書評が掲載された。発売後何度も版も重ねるなど当時の反響は大きく、欧米で長きに渡って読み継がれた。

 

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